御宅草紙 -キングインター妄想日誌-

2015年4月1日

本国では知られていない名曲

ウソだと思われるかもしれないが、私の家はロシア系で、家族はもとより親戚・知人と毎日かかわっているせいか、ロシア人を見分けるセンサーが備わってしまった。また人生の3分の2以上をポーランドとかかわっているので、こちらも同様だ。

3月17日は2人のアーチストに会った。
まずピアニストのリーズ・ド・ラ・サール。2カ月前からニューヨークに住み始めたそうで、オシャレにもますます磨きがかかり、銀座の街を颯爽と歩く姿はモデルさながら。容姿だけでなく、彼女のピアノは日本でも評価が高く、晩年の吉田秀和氏もぞっこんだった。料理が得意という家庭的な面もあり、和食が大好き。それも天ぷらやトンカツではなくあっさりした寿司が好み。

リーズ・ド・ラ・サール

V 4936V-4936(廃番)V 5080V-5080

私のロシア・センサーが彼女はロシア人と反応する。実際ロシアの血が色濃く流れていて、ラフマニノフ(NAIVE V-4936)やプロコフィエフ(NAIVE V-5080)などに愛着を感じるそうだ。ではロシア語ができるかと訊いてみると、「不幸にも話せません…」と英語で悲しげに答える。しかし彼女のロシア作品は素晴らしく、現在録音中というラフマニノフのピアノ協奏曲全集も楽しみだ。

同日の夜、指揮者マレク・ヤノフスキのイベントがあった。名前といい、見るからにポーランド人だ。生まれもワルシャワだという。彼は関係者とドイツ語で話をしていた。意を決して「ポーランド語をお話しになりますか」と訊くと、一瞬びっくりした後、「ノー。ワルシャワ生まれだが母はドイツ人で、生後すぐドイツに移ったので全く出来ない」とのこと。1939年生まれなので、第2次世界大戦絡みで歴史に翻弄されたのだろう。

マレク・ヤノフスキ

PTC 5186520PTC-5186520

その後の充実したトークもドイツ音楽についてで、精神は完全にドイツ人のようだ。彼の独墺物は本当に素晴らしい(PENTATONE PTC-5186520)が、考えてみるとポーランド物は聴いたことがない。聴いてみたい。

ところで、日本で最も知られているポーランド音楽はショパンと思われがちだが、誰もが知っているという点では、バダジェフスカの「乙女の祈り」の方が上ではなかろうか。ただ、専門家筋からは忌み嫌われるのと、曲が独り歩きしているため、どこの国の曲とは意識されることがない。

「乙女の祈り」と作曲者バダジェフスカは、ポーランドで全くといってよいほど知られていなかった。忘れられたのではない、最初から知られていないのだ。

KKCC 3019KKCC-3019

キングインターナショナル2007年制作のアルバム「かなえられた乙女の祈り」(KKCC-3019)が朝日新聞等で話題となった際、それがポーランドでも報じられ、「我々の知らないポーランド音楽を日本人全員が知っている」とニュースになった。
その後本国でも研究が始まり、2013年には初の評伝も出版された。ワルシャワにある彼女の墓には、日本の観光客が毎日のように訪れ、きれいな花が絶えないという。思いがけぬ日ポ交流の懸け橋となっている。

ロシアにも同じような曲がある。テレビなどでロシアの映像が流れる際に、必ずと言ってよいほどバックでかかる民謡「一週間」。「♪日曜日に市場へでかけ、糸と麻を買ってきた。テュリャテュリャテュリャ…」というあれだが、驚くべきことにロシアでは全然知られていない。ロシア製の民謡CDをかたっぱしから調べてみても、まず収録されていない。

KDC 2KDC-2

日本では1950年代に劇団カチューシャが訳詞を付け、歌声喫茶から広まった。一般に知られる日本語歌詞はかなり忠実な訳だが、歌詞を見る限り民謡的でない。というより意味がよくわからない。さらに動詞の活用が女性形なので、男が歌うと『あたし日曜日に市場へ出掛けてね、糸巻棒と麻を買ったのよ』とオネエ調になってしまう。
岸本力のアルバム「つかれた太陽(KDC-2)」は非常に貴重なロシア語歌唱なうえ、何と御喜美江のアコーディオン伴奏というぜいたくさ。とてもオネエ言葉とは思えぬ堂々たるロシア風バスが迫力満点だ。

「乙女の祈り」にせよ「一週間」にせよ、さすがに日本でポピュラーとなるだけの、人心をつかむキャッチーな力がある。これらを捨てて顧みないほど、まだまだ多くの音楽に恵まれたロシアとポーランド。羨ましい限りである。

(text by M)