御宅草紙 -キングインター妄想日誌-

2015年4月17日

メルニコフの凄すぎるDNA

ピアニストのアレクサンドル・メルニコフが「東京・春・音楽祭」出演のため来日した。3月20日がスヴャトスラフ・リヒテルの百回目の誕生日にあたったため、愛弟子として音楽祭の中心アーチストとなっていた。しかし彼はリヒテルがらみの質問を嫌がり、挙句「リヒテルからはピアノ以外のことを教えてもらった」などと意味深な発言もしている。

KKC-5402

KKC-5402/HMC-902183

HMC-902196

HMC-902196

最近のメルニコフは充実著しい。ケラスと共演したベートーヴェンのチェロ・ソナタ全集(KKC-5402/HMC-902183)は昨年のレコード・アカデミー賞銅賞を受賞、またイザベル・ファウスト、ケラスとのコンビによるシューマンのシリーズ(HMC-902196)も評判上々で、大きな期待を寄せられている。

4月1日は東京文化会館小ホールでのリサイタルだった。前半がショパンの「24の前奏曲」、後半がスクリャービン。スクリャービンのピアノ・ソナタ第3番を聴いていて「おや?」と思った。いつも聴いているのと違う。スクリャービンがピアノロールに残した自作自演と似ている。スクリャービンの自作自演はLP、CDを含め何種類か存在するが、ソナタ第3番はどれにも収録されず、第3、4楽章のみYoutubeで聴くことができる。

HMC-972019

HMC-972019

KKC-5223/HMC-902104

KKC-5223/HMC-902104

メルニコフは作品にとりくむ際、作曲者の自演が残っていれば詳細に検証して解釈に反映させる。彼のショスタコーヴィチは、「24の前奏曲とフーガ」(HMC-972019)にせよ、ピアノ協奏曲第1、2番(KKC-5223/HMC-902104)にせよ、ショスタコーヴィチの自演を参考にしたことが表れている。後者に収録されているヴァイオリン・ソナタの作曲当時、ショスタコーヴィチは神経痛で右手の自由が利かず、オイストラフによるお披露目では作曲家のワインベルクに、公開初演はリヒテルにピアノ・パートを担わせた。しかし手の動かないショスタコーヴィチが、自宅の居間でオイストラフと全曲をプライヴェート録音したものが残っていてCD化もされている。メルニコフはそれを持っている人をオランダまで訪ね、聴かせてもらうことで多くの疑問が氷解したとも語っていた。

だからスクリャービンのピアノ・ソナタ第3番も、自演を参考にしたに違いないと思った。それを問いてみたところ、録音は聴いたことがないけれど、それを聴きとりで譜面に起こしたものは入手して、音の違いや強弱、フレージングを反映させたという。

左から母、祖母、祖父

メルニコフはリヒテルの弟子ということで注目され、師ゆずりの芸と言われる。しかし、それ以上に彼の家系は凄い人が目白押しの超サラブレッドなのである。
彼の父は世界的な数学者で、母も著名な評論家。この母の家系が凄い。彼女の父(つまりメルニコフの祖父)はニコライ・チェンベルジ (1903-1948)、母(メルニコフの祖母)はザーラ・レーヴィナ (1906-1976)というともに旧ソ連の作曲家。さらに祖父ニコライ・チェンベルジの伯父はリムスキー=コルサコフ門下の作曲家アレクサンドル・スペンディアロフ (1871-1928)なのだ。女性作曲家カーチャ・チェンベルジ (1960-)は異父姉にあたる。

ニコライ・チェンベルジの作品は今日ほとんど演奏・録音されないが、アゼルバイジャンやアルメニアの血をひき、コーカサス的な題材の作品も多く、興味をそそられる。

ザーラ・レーヴィナは、かつてロシアン・ディスクからピアノ協奏曲の自作自演盤が出ていたが、ピアニストとしても一級で、メルニコフよりも巧いかもしれない。何しろ彼女はシマノフスキとゲンリヒ・ネイガウスの伯父で、ホロヴィッツの師でもあったフェリクス・ブルーメンフェルトの愛弟子なのだから。

ハチャトゥリヤンの伝記に、ヴァイオリン協奏曲を初披露した際の興味深い描写がある。
『2-3日してルーザの「創造の家」にオイストラフがやってきた。今度こそ、私は幾分でも滑らかにピアノを弾かなければならなかったが、作品を仕上げることに夢中で、伴奏は練習していなかった。止まったり、弾き直したり、間違ったり、繰返しを頼んだりして、結局話すことの方が多くなってしまった。

幸いなことに、この時ルーザに才能ある作曲家で女流ピアニストのザーラ・レーヴィナが滞在していた。彼女は素晴らしく初見がきくのだが、オイストラフと協奏曲を弾くことを引き受けてくれた。ルーザに滞在していた作曲家たちは揃って新しい作品のオイストラフによる演奏を聴こうと集まってきた。(中略)この時の演奏は、誇張ではなく、後のオーケストラ伴奏による演奏では一度も聴けなかったくらい見事なものであった。私は涙を流さんばかりに我を忘れ興奮した。それほどの想像することもできないくらいのすぐれた演奏だった。(「剣の舞 ハチャトゥリヤン」寺原伸夫著 東京音楽社)』

以前イザベル・ファウストに、ハチャトゥリヤンのヴァイオリン協奏曲を弾かないのかと訊いたことがある。
「好きじゃない」
ファウストが答えると、その背後からメルニコフが
「僕も」
と付け加えた。私はびっくりして、
「僕もじゃないでしょ。あなたのお婆さんがお披露目で伴奏したんでしょ」
と言うと、メルニコフは困ったような表情で
「偉い人の命令は断れないから…」
「でもハチャトゥリヤンは演奏に感激した」
「あの曲なら、僕だって初見で弾けると思う」

憎たらしい…。

今回、会うなり言い始めた。
「この前イザベル(ファウスト)に楽譜をあげたでしょう。名前は何と言ったか、たしかフランスの作曲家だ。イザベルはそれを気に入ってしまい、アンコールで弾くんだ。もう3回も続けてだよ。伴奏させられて困っている、音楽は最悪なのに…」
それはセヴラックの「ロマンティックな歌」という曲だが、もともとチェロ曲で、ヴァイオリン用のパート譜も入っていた。さすがイザベル・ファウスト、セヴラックが気にいったようだ。でも「音楽は最悪」って…。

ますます憎たらしい…。

だから、大好物だという揚出し豆腐を3人前食べさせた。最初は子どものようにはしゃいでいたが、3つ目を前に、「ああ!」と苦悶の表情で頭を抱えていた。
メルニコフ、愛すべき人である。

(text by M)