【連載】ヴィオラ弾きのドイツ便り [Season 2 / Deutsche Orchesterlandschaft]


第1回:ドイツのオーケストラ事情、その1〜公立オーケストラ


ドイツにはどれくらいの数のオーケストラがあるか、皆さんはご存知でしょうか? この質問に正確な答えを出すのは非常に難しく、不可能と言ってもいいかもしれません。

常設で終身雇用契約があり、公的な補助金によって運営されている市立、州立などの団体に限定すると、2022年1月の時点ではドイツ国内に129のオーケストラが存在します。今回はこの129の常設オーケストラに関する事について書いてみたいと思います。ひとつ忘れてはいけない重要な点は、この129団体の中には自主運営の企業として運営されている、ブレーメン・ドイツ室内フィルハーモニー管弦楽団、そしてフライブルク・バロックオーケストラ、コンチェルト・ケルン、ベルリン古楽アカデミー、マーラー室内管弦楽団、ハイデルベルク交響楽団など、ドイツ各地に数えきれないほど存在するフリーランスの団体や臨時の音楽祭のオーケストラ、また常設であっても警察や連邦軍の音楽隊は含まれていないという事です(フリーランス団体については、またの機会に触れてみたいと思います)。

さて129のオーケストラと言ってもあまりに数が多いので大まかに分類すると、バイエルン放送交響楽団、NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団などの放送局のオーケストラが11団体、シュトゥットガルト室内管弦楽団、ミュンヘン室内管弦楽団などの室内オーケストラが8団体、ベルリン・フィル、ミュンヘン・フィル、バンベルク交響楽団などのシンフォニー・オーケストラが29団体(1つ吹奏楽団が含まれます)、そしてバイエルン州立歌劇場管弦楽団、シュターツカペレ・ベルリン(ベルリン州立歌劇場)、シュターツカペレ・ドレスデン(ゼンパー・オーパー)などのオペラ、バレエ、ミュージカルなどのピットに入るのを主な仕事とする劇場オーケストラが81団体あります。

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マンハイム市の市立劇場であるマンハイム国民劇場、
"Nationaltheater"との表記は、ドイツ語による劇の上演をする18世紀の啓蒙思想に由来する。

こう見ていきますとドイツのオーケストラの多くが劇場オーケストラである事に気付かされます。しかしオーケストラが劇場とは別の組織として独立して運営されている場合もあり、オーケストラの名称だけを見るとその団体が劇場オーケストラかどうか判別しにくい場合もあります。例えば来日公演やCD録音で名前を聞く事もあるケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団(Gürzenich-Orchester Köln)、デュッセルドルフ交響楽団(Düsseldorfer Symphoniker)は、ケルン市の歌劇場であるケルン・オペラ、デュッセルドルフ市のライン・ドイツ・オペラ(デュイスブルク市との共同運営の劇場)での演奏が主な仕事です。みなさまご存知のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団も、本拠地ゲヴァントハウスでの年間約60回の演奏会などのシンフォニー・オーケストラとして活動と並行し、ライプツィヒの市立劇場であるライプツィヒ・オペラでオペラ、バレエなどの公演を年間約130回も行う劇場オーケストラなのです。これは所属する楽団員(正団員として雇えるポジションの数)が185人とドイツで最も多いからこそできる活動形態です。

この129の団体は基本的にTVK(Tarifvertrag für die Musiker in Konzert- und Theaterorchestern、コンサート・劇場オーケストラの音楽家の為の労働協定)という規定に沿って運営されています(これに基づく独自の規定を持つ団体も多くあります)。これはドイツ舞台協会(Deutsche Bühnenverein)とドイツ・オーケストラ協会("unisono"、Deutsche Musik- und Orchestervereinigung 、2022年10月まではDOV、Deutsche Orchestervereinigungという名称だった)の間で取り決められたもので、労働環境、労働時間、リハーサル間の最低空き時間など、80ページ近くにも渡って様々な事が細かく決められています。

その項目の中の一つに、団員の報酬を決めるA〜Dまでのグループ分けがあり、その基準が細かく定められています。例えば団員数99人以上が"A"、66人以上が"B"、56人以上が"C"、それ以下だと"D"。但し放送オーケストラを含むシンフォニー・オーケストラ、そして弦楽器の正団員のみで構成されている小規模な室内オーケストラは、劇場オーケストラとは大きく違う仕事の内容である為に、TVKに沿った独自の労働協定を持つ団体が多く、また人数によるグループ分けの基準も基本的に当てはめられません。また劇場オーケストラも含めて、報酬額もこの規定とは異なるため、報酬額に多寡が生じることも珍しくありません。

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A、B、Cのグループ分け基準、この人数を満たす事が基本的な条件、ちなみに"C"の条件を満たさないと"D"とグループ分けされる。(「TVK」2019年10月より)

さて大小を合わせて129団体のドイツの常設オーケストラ。ここでどれくらいの人が働いているのでしょうか?常設のポジション(席)数を見てみますと、11の放送オーケストラに1095、8つの室内オーケストラで141、それ以外の110の公立の常設団体に8513、ドイツ国内の129団体合わせて9749のポジションが存在します(2022年1月のデータ)。ただしこの数は必ずしも人数を表すものではなく、1つの席を2人の奏者がそれぞれ50%の契約をして分けて弾いている場合も珍しくないので、実際に所属している団員数は席数よりも多い事もあります。またこの数はあくまでも雇用計画であり実際に埋まっている、雇われているかどうかではありません。

129の公立の常設のオーケストラ、そこに雇用される9749席という数は、世界的に見ても飛び抜けて多い数です。とはいえドイツでもオーケストラ、劇場など芸術文化を取り巻く状況は厳しく、オーケストラの合併や消滅は残念ながら珍しくはありません。近年では2016年9月に、SWR(南西ドイツ放送)の団体であるシュトゥットガルト放送交響楽団と南西ドイツ放送交響楽団という、来日公演や録音で知られそれぞれ独特の個性を持った素晴らしい2つの団体が合併して物議を醸しました。ちなみに1992年の時点では168の公立の常設団体が存在し、そこに雇用される席数は12159ありました。それが2000年に145団体10839席、そして2010年に133団体9922席。ドイツ統一後、旧東ドイツ地域での合併、解散が大きな理由で、旧東ベルリンを含む旧東独では1992年から2020年にかけて席数は約40%減となっています。また石炭産業や重工業で栄えたノルトライン=ヴェストファーレン州のいわゆるルール工業地帯周辺でも、その産業の衰退などの理由で人口減、自治体の収入減により合併、解散した団体もあります。ちなみに一度解散した団体の中には公立、常設という形ではなく、フリーランスの団体と形を変えて精力的に活動しているところもあります(来日公演で有名なベルリン交響楽団など)。

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ドイツの公立の常設オーケストラの数、ポジション(席)の数。(ドイツ・オーケストラ協会、2022年1月発表)

解散してしまった団体の1つに、アンタル・ドラティのハイドン交響曲全集で有名なフィルハーモニカ・フンガリカがあります。この団体はノルトライン=ヴェストファーレン州ルール地方の北部に位置するマールという街を本拠地にした団体で、ハンガリー動乱で亡命したハンガリー人が集まった団体だった事もあり、例外的にドイツ連邦政府が財政支援をしていた団体でしたが、2001年に連邦政府からの補助金がなくなり消滅してしまいました。このオーケストラの元団員は、マール周辺のドルトムント、レックリングハウゼンなどのオーケストラに再就職した人も多くいます。10年以上も前ですがこのフンガリカのコンサートマスターであった方と一緒に弦楽合奏の演奏会をする機会があったのですが、その時に使った譜面に"Philharmonia Hungarica"のスタンプが押してあったのに驚いた事があります。その時に話を聞いてこのオーケストラがマールという街にあった事を初めて知ったのでした。また私たちのハイデルベルク交響楽団で、いつも素晴らしいナチュラル・ホルンを聴かせてくれる人もこのフィルハーモニカ・フンガリカの元団員です。まだ入団してまもなく若かった事もあり再就職先はあてがわれず、フリーランスのホルン、ナチュラル・ホルン奏者としての道を選んだと言っていました。

ドイツの公立の劇場、オーケストラの運営方法は、自治体が直接運営するもの、外郭団体、有限会社、財団など様々な形態がありますが、公的な文化予算、補助金は基本的に州、郡、街などの地方自治体のものです(その補助金の割合は平均して予算全体の7〜8割ほどに達します)。例外的にドイツ連邦政府が直接援助をしていた例として、先述したフンガリカが存在しました。また現在ベルリンにある3つのオペラハウス、ベルリン州立歌劇場、ベルリン・ドイツオペラ、コーミッシェオーパーは、ベルリン・オペラ財団(Stiftung Oper in Berlin)という財団により運営されており、この財団はベルリン州からだけでなくドイツ連邦政府からも直接補助金を得ています。ちなみに2018年の公的な補助金額は、ベルリン州から1億4250万ユーロ、連邦政府からは約1000万ユーロとなっています。

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カールスルーエ・バーデン州立劇場の社員食堂にて。公演前のコーヒータイム。

色々と書いてきましたが、まだこれはドイツのオーケストラを語る上でのごく一部の事にしか過ぎません。劇場のオーケストラの活動形態や、そして今回触れた129以外に多く存在するフリーランスの団体の活動、運営方法など興味深い事がたくさんありますので、今後の連載で改めてそのあたりにも触れていきたいと思っています。

今回の記事の元となる資料は、下記のウェブサイトを参考にしています。また記事内の表は、それらの資料をもとに矢崎自身で制作したものです。

ドイツ・オーケストラ協会(unisono Deutsche Musik- und Orchestervereinigung)
https://uni-sono.org/

ドイツ舞台協会(Deutscher Bühnenverein)
https://www.buehnenverein.de/de/1.html

ドイツ・音楽情報センター(Deutsches Musikinformationszentrum)
https://miz.org/de




矢崎裕一

矢崎裕一(ヴィオラ)Yuichi Yazaki

東京音楽大学卒業後に渡独。マンハイム音楽大学修了。在学中よりハイデルベルク市立劇場管、後にマンハイム国民劇場管、ハーゲン市立劇場管に所属。
2005年からハイデルベルク交響楽団の団員としても活動している。現在はマンハイム国民劇場、シュトゥットガルト州立歌劇場、カールスルーエ州立劇場などに客演する傍ら、古楽器奏者としてコンチェルト・ケルン、ダス・ノイエ・オーケストラ、ラルパ・フェスタンテ、マイン・バロックオーケストラ、ノイマイヤー・コンソートなどでバロックから後期ロマン派に至るピリオド楽器演奏に取り組んでいる。シュヴェッツィンゲン音楽祭にてマンハイム楽派時代の楽器による室内楽演奏会でミドリ・ザイラーと共演。
その他にアマチュアオーケストラの指揮、指導者としても活動中。これまでにヴィオラを河合訓子、小林秀子、デトレフ・グロース、室内楽をスザンナ・ラーベンシュラーク、古楽演奏をミドリ・ザイラー、ウェルナー・ザラーの各氏に師事。
ドイツ・マンハイム在住。
Twitterアカウント→@luigiyazaki


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