【連載】ヴィオラ弾きのドイツ便り [Season 2 / Deutsche Orchesterlandschaft]


第3回「ハイデルベルク交響楽団、ハイドン交響曲全集録音完了!」


2023年5月23日、ハイデルベルク交響楽団のハイドン交響曲全集の全107曲がついに収録完了しました。最後の曲は交響曲第91番、1999年3月のトーマス・ファイ指揮での第104番の録音から実に24年。トーマスの不慮の事故による指揮活動引退、ヨハネス・クルンプへの指揮者の交代、そしてコロナでのロックダウンなど一筋縄ではいかない長い道のりではありましたが、ここまで無事に辿り着けたのもCDを購入してくださったり、クラウドファンディングなど様々な形で支援・応援してくださった方々、プロジェクトを継続させてくれたヘンスラー・レーベル、そしてそのCDを日本でも販売してくださるキングインターナショナルさんなど、多くのファン、スポンサー、関係者の皆様のおかげです。本当にありがとうございます!

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ハイデルベルク交響楽団は公立の常設団体ではないフリーランスのオーケストラですのでメンバーは流動的ではありますが(これほどの年月がかかれば常設オケでもメンバーは大きく変わりますが)、数人ではありますが107曲全ての録音に参加したメンバーもいるようです。ちなみに私は2006年の第7集の一部に参加して以降、確認できる範囲で50曲程の録音に参加したようです。ハイドンの交響曲全集録音は現在までにメルツェンドルファー、ドラティ、アダム・フィッシャー、デニス・ラッセル・デイヴィスの4人の指揮者が完成させていますが、指揮者は変わったもののそれに続く5つ目の全集、ハイデルベルク交響楽団のものとしてこの壮大なプロジェクトの終わりに辿り着けた事は、この団体のメンバーとして非常に感慨深いものがあります。


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さて、最後の録音セッションは2023年5月19〜23日の5日間にかけて、トーマスの時代からもリハーサルや録音で使用する事の多かった会場でもあるハイデルベルク=プファッフェングルントのゲゼルシャフトハウスにて行われました。ちょうどセッション初日はハイデルベルク交響楽団の録音を30年以上、自主制作のものも含めてこの団体のほぼ全ての録音を担当してきたトーンマイスターのエックハート・シュタイガー(Eckhard Steiger)の60歳の誕生日でした。そこで彼がセッション開始前にマイク・セッティングの為にモニタールームから降りて来た時に、彼が大好きだというメンデルスゾーンの弦楽のための交響曲第12番の2楽章を還暦祝いのプレゼントとして演奏したのです。どのタイミングでどの様に彼に聞かせるかなど、指揮のヨハネス、オケのみんなでの作戦会議も功を奏してサプライズは大成功。もちろんこの日のセッション終了後には誕生日パーティーもありましたが、そんな意味でも特別な雰囲気で始まった今回の最終セッションでした。


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この時に録音した交響曲は79、80、91番の3曲。もちろん弾いている最中は最後のセッションであるという事は関係ありません。いつも通り何度も繰り返し演奏するセッションでの録音は、極限の集中力で体力的にも精神的にも非常にシビアなもの。それは頂を目指して山を登っていく様な感覚とも言えるかもしれません。ただ今回は今までの長い道のりで既に数々の山頂を越えて来た末、ついに長いく険しい稜線の最後の山頂が視界に入り、そこへの急登にとりかかっている感じとでも言えたかもしれません。だからこそ最後の和音を弾き終わった瞬間の達成感の大きさは、もちろん特別なものがありました。その最後の瞬間を指揮者のヨハネスが、彼のインスタグラムに投稿したものがこちらです(実際発売される録音にこのテイクが使われるかどうかはわかりませんが、、、)。
https://www.instagram.com/reel/CsmMTRHIJ_a/?utm_source=ig_web_button_share_sheet


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録音終了の翌日の5月24日には、1927年に建てられた鉄道の機関区(Bahnbetriebswerk)の建物を利用したハイデルベルクの現在工事中の新しいカルチャーセンター"Betriebswerk"にて、ヘンスラー・レーベルのギュンター・ヘンスラー氏やスポンサーなどの多くの関係者が集まっての全集完成記念イベントが行われました。会場が小さいので録音時よりも少し小さな編成で前日まで収録していた曲を披露し、今まで発売された全てのハイドン交響曲の録音の視聴、販売コーナーや、来年発売される予定の全集BOXのプレゼンテーション、地元のワイナリーや以前ハイデルベルク交響楽団で演奏していた友人がプロデュースしているオリジナルのジンのブースなども出て、規模は小さいながらも全集の収録完了を祝うのに相応しい華やかなイベントとなりました。

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余談ですが、来年には我々ハイデルベルク交響楽団の事務所もこの建物内に移転する事になっています。また2026年まで行われる工事でより多くの芸術文化関連の団体や、それ以外の様々な分野の事務所、イベントの為のスペースなども完備され、ハイデルベルクとこの地域の芸術文化を中心とした活用、発信の拠点のひとつとして利用されるようになる予定です。ハイデルベルク交響楽団も、ここで来年から室内楽や小規模の編成の演奏会を定期的に開催する計画が進行中です。この地域の音楽にとどまらない様々な文化芸術関連団体が一堂に会する事になる場所ができる事は、将来的にジャンルの枠を超えた様々な新しいイベントの可能性が拡がる事に繋がるきっかけになると期待しています。そしてハイドンの交響曲全集完成後の次への新たな一歩を、新しい場所でスタートできるのも非常に嬉しい事です。

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全曲の収録の完了したハイデルベルクのハイドン交響曲のリリース・スケジュールですが、2024年の秋以降にいよいよ全集BOXが発売される計画になっています。それに先駆けて2024年2月には第28〜31集(https://www.kinginternational.co.jp/genre/kkc-6788-91/)、そして5月の最終録音セッションでの収録曲も含まれる第32〜35集が全集より前に(秋頃になるはずです)に、それぞれ4枚組のBOXとして販売される予定です。私は現在、2月に発売予定の第28〜31集の国内仕様版の日本語解説を執筆中です。この第28〜31集には1765年から1774年あたりまでの作品を収録してあり、ハイドンがホルンを4本使用した3曲の交響曲のうちの2曲である第13番、第72番や、「哲学者」「アレルヤ」「学校の先生(校長先生)」という愛称で呼ばれる作品も含まれています。サブスクなどの配信でも簡単に聞く事ができる今、それでもCDという形、それも国内仕様版を選んでくれる方々への感謝の気持ちを込めて、少しでも読み物として楽しんでもらえる解説を目指していますので楽しみにしていてください!




矢崎裕一

矢崎裕一(ヴィオラ)Yuichi Yazaki

東京音楽大学卒業後に渡独。マンハイム音楽大学修了。在学中よりハイデルベルク市立劇場管、後にマンハイム国民劇場管、ハーゲン市立劇場管に所属。
2005年からハイデルベルク交響楽団の団員としても活動している。現在はマンハイム国民劇場、シュトゥットガルト州立歌劇場、カールスルーエ州立劇場などに客演する傍ら、古楽器奏者としてコンチェルト・ケルン、ダス・ノイエ・オーケストラ、ラルパ・フェスタンテ、マイン・バロックオーケストラ、ノイマイヤー・コンソートなどでバロックから後期ロマン派に至るピリオド楽器演奏に取り組んでいる。シュヴェッツィンゲン音楽祭にてマンハイム楽派時代の楽器による室内楽演奏会でミドリ・ザイラーと共演。
その他にアマチュアオーケストラの指揮、指導者としても活動中。これまでにヴィオラを河合訓子、小林秀子、デトレフ・グロース、室内楽をスザンナ・ラーベンシュラーク、古楽演奏をミドリ・ザイラー、ウェルナー・ザラーの各氏に師事。
ドイツ・マンハイム在住。
Twitterアカウント→@luigiyazaki


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