【チン・ウンスク・エディション 誕生の背景】
韓国出身でベルリンを拠点に活動している作曲家チン・ウンスク(陳銀淑,Unsuk Chin)。2005年から続く、ベルリン・フィルとチン・ウンスクのコラボレーションは、本盤に収められている一連のソロ協奏曲と管弦楽作品の演奏として実を結びました。
なかでも印象深い作品が2つあり、サカリ・オラモ指揮、キム・ソヌクのソロによる《ピアノ協奏曲》の演奏は、新型コロナ・ウイルス感染拡大中の長いロックダウンの後に、ようやく観客に生演奏を届けることができた公演。そしてベルリン・フィルの委嘱作品として、サー・サイモン・ラトルとの最後のアジア・ツアー中に演奏した《コロス・コルドン》は、東京・サントリーホールでのライヴ録音が収録されています。
【ヴァイオリンと管弦楽のための協奏曲第1番】
チン・ウンスクのヴァイオリン協奏曲は、伝統的な手法とは一定の距離を置いています。5度音程、開放弦から生まれる音高、それらに付随する倍音、そして打楽器群がなす音響背景という要素から楽曲を構成し、特に打楽器群は、オーケストラ内部のアンサンブルとして、集合的なソロ楽器のような役割もあり、チン自身が心酔しているバリ島のガムラン音楽の影響が感じられます。
初演:2002年1月20日、ベルリン、フィルハーモニー
ベルリン・ドイツ交響楽団
ケント・ナガノ(指揮)
ヴィヴィアン・ハグナー(ヴァイオリン)
【チェロと管弦楽のための協奏曲】
アルバン・ゲルハルト(チェロ)に献呈されている《チェロ協奏曲》(2006-08, 2013改訂)は、BBCの委嘱によって作曲されました。アルバン・ゲルハルトの凄まじいヴィルトゥオジティを念頭に置いて書かれた《チェロ協奏曲》は、《ヴァイオリン協奏曲》や《ピアノ協奏曲》とは異なり、彼女自身も「この曲で主眼を置いたのは、ソリストとオーケストラの対抗です」と述べているようにヴィルトゥオジックな作品。韓国の伝統芸能「パンソリ」を模しています。
初演:2009年8月13日、ロンドン、ロイヤル・アルバート・ホール
BBCスコティッシュ交響楽団
イラン・ヴォルコフ(指揮)
アルバン・ゲルハルト(チェロ)
【ソプラノと管弦楽のための《セイレンの沈黙》】
《セイレンの沈黙》は、沈黙の音楽ではなく、ヴィルトゥオジックなオペラの劇唱のような作品。独唱は、表情豊かな“声のアクロバット”を立て続けに聞かせ、ソリストのバーバラ・ハニガンは、この分野における第一人者であり、その演奏は息をのむようなドラマティックな感受性を披露しています。チン・ウンスクが独唱のテクストとして選んだのはホメロス『オデュッセイア』、そしてジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』。
初演:2014年8月23日、ルツェルン音楽祭
ルツェルン祝祭管弦楽団
サー・サイモン・ラトル(指揮)
バーバラ・ハンニガン(ソプラノ)
【管弦楽のための《コロス・コルドン》】
チン・ウンスクが、2017年のアジア・ツアーのために書き上げ、サー・サイモン・ラトルに献呈した作品。直訳すれば「弦(/紐/糸)の舞踊」。チン・ウンスクは、天文学と宇宙論の二つの学問領域に関心を寄せており、彼女は本作の作曲中、宇宙の歴史について考えていた、というほど。古代ギリシア語で「弦の踊り」を意味する曲名どおり、本作では弦楽器群に別格の役割が与えられ、最初の小節から最後の小節まで、音楽を推し進めていきます。
初演:2017年11月3日、ベルリン、フィルハーモニー
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
サー・サイモン・ラトル(指揮)
【ピアノと管弦楽のための協奏曲】
チン・ウンスクにとって、ピアノは最も身近な楽器。ピアノの響きは、幼少期から音楽的な“発見の喜び”を感じていたといいます。しかし、彼女が3曲の《ピアノ・エチュード》を作曲したのは34歳になってから。その翌年に書かれた《ピアノ協奏曲》で、ピアノの可能性を存分に探究しています。チン・ウンスクは、独奏楽器とオーケストラという編成の中に新たな可能性を見出し、各奏者が共同する「超楽器」という概念を発展させてきました。これは《ヴァイオリン協奏曲》同様にバリ島のガムラン音楽から着想を得ています。《ピアノ協奏曲》では、独奏者の溢れんばかりのヴィルトゥオジティが、オーケストラへ、多彩な打楽器群へ、続いて木管楽器群および弦楽器群へと波及していきます。
初演:1997年6月6日、カーディフ、セント・デイヴィッズ・ホール
BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団
マーク・ウィッグルスワース(指揮)
ロルフ・ハインド(ピアノ)
【管弦楽のための《ロカナ》】
《ロカナ》は、サンスクリット語で「光の部屋」。チン・ウンスクは虹色に輝く《ロカナ》で光線の反応を音楽で表現しています。
初演:2008年3月3日、モントリオール、プレイス・デ・アーツ、サル・ウィルフリッド・ペルティエ
モントリオール交響楽団
ケント・ナガノ(指揮)
【チン・ウンスク】
韓国出身の作曲家チン・ウンスク(陳銀淑,Unsuk Chin)。
ソウル大学でスキ・カンに、その後ハンブルクでジェルジ・リゲティに学び、現在はベルリンを拠点として活動している。1990年代より数々の作曲コンクールで頭角を現し、2004年には《ヴァイオリン協奏曲》(2001)でグロマイヤー賞を受賞、2007年にケント・ナガノ指揮によって初演された自身初のオペラ《不思議の国のアリス》(2004-07)で独オペルンベルト誌の年間最優秀初演作品賞を受賞するなど、現代を代表する作曲家の1人として知られる。
【アートワーク】
グラフィックデザイナー、倉嶌隆広(Takahiro Kurashima)の作品。
規則正しい模様を複数重ね合わせた時にそれらの周期のズレにより視覚的に発生する縞模様「モワレ」効果を利用し、シートをスライドさせることであらわれる複雑な形、思いがけない模様を楽しむモーショングラフィック。
トレイラーはこちら→ https://www.youtube.com/watch?v=wXLuaFCN57w