ピアニスト佐藤浩一が「Embryo TOUR 2022」を前にアルバム『Embryo』の全曲解説を発表しました!

佐藤浩一 【アルバム『Embryo』全曲解説】

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自分にとって演奏表現の手段は大きく分けて2通りあって、1つはピアノ1本で臨むソロ演奏、もう1つはイメージする楽器奏者に加わってもらってのアンサンブルでの演奏です。アルバムという作品作りにおいては以前から、しばらくはアンサンブルでの編成に力を入れてどんどん大きい編成での作品を作り続けていき、ソロピアノの作品は60〜70歳くらいになってから(死ぬまでに1作くらい)作れれば良いかなと考えていました。しかし2020年コロナ禍以降、世の中の状況は大きく変わり、冗談抜きで自分がいつ死ぬかもわからないような時代になったことを実感するようになり、そんな悠長なことも言ってられないと思うようになりました。そんな中、nagaluを立ち上げたばかりの福盛進也氏から「2枚組のアルバムを作らないか」と提案をもらったとき、これはソロとアンサンブルの両方の作品を一度に作れる最高の機会だと思い、快諾させてもらったところから作品作りが始まったのでした。
構想を練っていく中で、特にソロピアノのほうでは、短めの曲をたくさん収録した短編集のようなものが作りたいという気持ちがありました。これは兼ねてから好きでよく聴いていたウクライナ出身の作曲家Valentin Silvestrovのピアノのためのバガテル集から着想を得たというのが大きいです。

そしてnagaluの特徴であるモノラルレコーディングや調律師・狩野真氏に施していただいた古典調律の応用による音作りなどが相まって、レコーディングしたスタジオ内で「まるで胎児がお腹の中で水に包まれているかのようなサウンド」という言葉が聞こえたとき、このアルバムのキーワードは「胎児」や「水」になると直感しました。自分の娘が生まれたことからも赤ちゃんや胎児は身近なテーマだったし、nagaluのモットーである「流水不腐」は正に共感するテーマだったので、「胎児」や「水」がアルバムのコンセプトになっていったのは自然なことでした。そして綺麗なものだけではない、気持ち悪さ、弱さ、グロテスクさなども自分にとって重要な部分で、人間が生きていく上で避けては通れない要素です。これらも表現することが、自分の正直な表現活動だと感じています。

アルバム作り、曲作りは、自分のルーツを探る旅でもありました。今まで大きな影響を受けてきた音楽の中で、1990年代〜2000年代の日本の「ビジュアル系」の影響は自分の中に特に色濃く残っていると実感しました(高校時代はビジュアル系バンドのカバーでベースを弾いたりしていました)。幼少期や10代のときに聴いていた音楽が、いまこうして一見全く違う種類の音楽としてピアノを弾いている中にも滲み出てくるのが自分でも興味深いです。
曲名については、なるべくシンプルな単語を使って、イメージが自由に広がりやすくなるように心がけました。

普段なかなか説明しないような曲の詳細を以下に書いてみました。長くなりますが、アルバムを聞きながらでも、または文章だけでも、最後まで読み通していただけたら幸いです。

佐藤浩一

『Embryo』DISC-1 Water (solo piano)

1.Hitoshizuku(一雫)
完全即興で演奏した短い曲。録音時は「May Song」へと続くイントロというイメージで演奏したものだったと思うのですが、のちに曲順を考えていく中でこの短い即興曲はアルバム全体のイントロの雰囲気を持つ曲だと感じるようになりました。アルバムのテーマである「水」が天井からぽとりと垂れて何か新しいものが生まれるような、アルバムのオープニングにぴったりな気がしたのです。水の一滴である「一雫」という言葉の響きにも惹かれ、アジア発であるnagaluのコンセプトにも沿って、そのまま日本語の曲名をつけました。

2.Genesis
曲の調性がころころと変わるような(常に転調を繰り返しているかのように)ハーモニー的にあまり落ち着きのない少し忙しい曲を作ろうと思って書いた曲です。4小節ほどの印象的なイントロのフレーズが響いたあとは、1小節ごとにコードが移り変わり、そのコードを縫うようにしてメロディーが纏わりつきます。その後、神秘的なトレモロのセクションがあり、再びイントロのフレーズが来て、何かにつながりそうな余韻を残しつつ曲が終わります。約2分ほどの間に目紛しくハーモニーが展開しつつ何かを示唆するように終わるこの曲が、羊水の中で胎児が目紛しく成長しやがて新たな世界に飛び出すかのような神秘性を持っているような気がして、「創世」という意味を持つ曲名をつけました。

3.First Cry
娘が生まれた時期に書いた曲で、「産声」を意味する曲名をつけました。ひたすら繰り返されて耳につく四分音符と二分音符のモチーフは、赤ちゃんの泣き声(オンギャー)です。自分としては少し恥ずかしいくらいのシンプルでキャッチーなメロディーを書きました。

4.Aqua
アルペジオでのコードの移り変わりがそのまま曲になりました。録音前、調律師・狩野真さんのアトリエで古典調律を応用したピアノを試奏させてもらったときにまずこの曲を弾き、弾き終わったあとに狩野さんが「このピアノからインスピレーションをもらって即興で弾いたの?」と聞くほど、狩野さんが施してくれた調律のピアノの響きにぴったりとフィットしました。自分自身も、アルペジオの一音一音を弾くたびに狩野さんの調律によって別次元の新たな響きを感じ、ずっと弾き続けていたくなるような気持ち良さを味わったことをよく覚えています。調律と相まって、この別次元の響きを求めていたといっても過言ではないくらい、自分にとって特別な曲になりました。

5.Orb
ソロピアノで小曲集をレコーディングすることが決まってから最初にイメージが湧いて書いた曲。右手の声部と左手の声部の鳴らし方や聴こえ方のバランスで、曲が違った表情を見せてくれる、シンプルですが弾き甲斐のある曲です。この曲の続きの構想も頭の中にはあり、いずれは室内楽の編成でオーケストレーションして発展させたいと思っています。

6.Nami(波)
寄せては返す波のような、ひたすら繰り返す左手のアルペジオとそれを追いかけるような右手のメロディー(または、右手のメロディーを左手が追いかけるようにも聞こえるかもしれません)。ごくたまに出てくるノンハーモニックな音が自分としてはポイントです。自分では特に意識していないですが、自分の音楽的ルーツのひとつである「ビジュアル系バンド」(L’Arc〜en〜CielやLUNA SEA、GLAY*など)の香りがうっすらと出ているようです。
*GLAYが「ビジュアル系」の括りに当てはまるかどうかは諸説あり。

7.In The Dark
映画音楽作曲家のMax Richterへのオマージュとして書いた曲。作曲した当初は弦楽三重奏のためのアレンジをしていましたが、シンプルなピアノだけのアレンジに変え、通奏音として繰り返されるA(ラ)の音を付け加えました。曲名については、暗闇(羊水)の中で一筋の光(出口)を探して進んでいくようなイメージがあったのと、ビョーク主演の「Dancer in the Dark」の言葉の響きが好きで「In the Dark」の前に何かの言葉をつけたかったのですが、しっくりくる言葉がどうしても見つからず、結局そのまま「In the Dark」という曲名になりました。

8.Closing Waltz
老いた男女が古い洋館の中で静かにワルツを踊る光景がなぜか頭を離れなかったときがあります。二人にとって最後のワルツであり、最期のワルツでした。それは夢の中で見た光景だったのか、いつかどこかで観た映画の1シーンだったのか、全く思い出せないのですが。そのシーンで流れるようなイメージでこの曲を書きました。この曲はテンポの設定が難しく、当初はもう少し速いテンポで演奏していたのですが、このトラックではテンポを落として演奏しました。自分にとって「死」を連想させるこの曲は今回のアルバムのコンセプトとズレるかとも思いましたが、生と死は対極でありながらも生命においてひと繋がりであるといえるので、敢えて収録することにしました。

9.Draw
2018年に尾山台のピアノアトリエ"Fluss"で行ったソロピアノライブのために書いた曲。そのライブのためにデザイナーの小宮山洋さんにフライヤーを作っていただいたのですが、そのフライヤーの土台として使われている小宮山さんのドローイングに着想を得てこの曲を書きました。小宮山さんからはいくつかのデザイン案を出してもらったのですが、その中で一番印象的だったのが、青や水色や白を基調とし太い筆を走らせたような生き生きとした瑞々しいドローイングで、とても心に刺さったのを覚えています。毎回絵を描くような気持ちで演奏でき、また自由に絵を描く余地も残した曲です。

10.May Song
もともとは弦楽三重奏+ピアノという編成のための曲でしたが、ソロピアノのためにアレンジし直しました。はじめはもっと繰り返しの多い長めの曲構成でしたが、若干間延びしていると感じたのでシェイプアップさせて曲の展開を早めました。ライブでは、曲終盤のフェルマータから即興演奏に突入し、その後また再現部のメロディーに戻る、という構成で演奏することも多いです。

11.Hua
ギターの入った編成を想定して書いた曲を敢えてソロピアノでも収録してみました。「月」に関する意味を持つこの曲名の詳しい解説はDisc2のほうで。Disc2のバージョンの前半部分のメロディーだけを抽出し、冒頭は中低音部でメロディーの単旋律のみを演奏することから始まり、途中から中高音部でうっすらとコードも演奏。月に少し靄がかかったようなイメージで演奏しました。

12.Nineth Moon
半月よりもう少し丸みがある「九夜月」だったり、単に9番目の月(Month)としての「9月」だったり、胎児が成長し外の世界に出てくる準備も整ってくる「9ヶ月目」だったりと、様々な捉え方ができる曲名をつけました。はじめはもっとテンポを上げて弾いていましたが、最終的にはゆったりとルバート気味で弾き、幻想的なムードになりました。

13.Sorakagami(空鏡)
Hitoshizuku(一雫)と同じく完全即興で演奏した短い曲。録音時は「Aqua」へと続くイントロのイメージで弾いたものだったと思いますが、これだけでも聴ける小曲だと感じたので独立したトラックにしました。曲名を考えていく中で、秋の空にかかっている澄んだ月を表す「空の鏡」という美しい表現を見つけ、Hitoshizuku(一雫)とも語感を揃えるために「の」を省いた曲名にしました。

14.Mother’s Pool
Disc1の中で異色を放つトラックかなと思います。ひたすら低音域でマイナーコードの平行移動を繰り返します。曲中に敢えて一度もサステインペダルを踏みかえずにわざとコードを濁らせ、ある種の気持ち悪さを出しました。ベーゼンドルファー特有の低音のアタック感がより気持ち悪さを倍増させてくれた気がします。この気持ち悪さからの解放を求めてDisc2に向かう橋渡しのような曲でもあります。


『Embryo』DISC-2 Breath (ensemble)

1.Arise
福盛進也氏の楽曲「Fallen」へのアンサーソング(勝手に)として作曲しました。冒頭のメロディーは当初全部ピアノで弾くつもりでしたが、録音時に甲斐氏のベースでメロディーを弾いてもらったらとても良かったので、そのまま採用しました。主にルバートの前半部分と、テンポが出る後半部分から成り、前半と後半で市野氏は別のギターを使い分けています。エンディングは、ミックスの時にピアノとドラムだけを残し、ほかをフェードアウトさせました。ある種の違和感と余韻を残すことで、Disc1とは違う音世界であるDisc2の幕開けを演出しました。また、この曲にもビジュアル系の香りが出ているのではないでしょうか。

2.Aqua
このバージョンでは市野氏のギター、デュプイ氏のチェロ、福盛氏のドラム(ほぼシンバルとバスドラムのみ)に加わってもらい、即興的に演奏してもらいました。各プレイヤーたちが自由に出入りするような自然発生的な即興演奏のおかげで、定点観測した風景描写のような、自分の理想とする音響空間が作れたと思っています。

3.Ajisai(紫陽花)
もともとはソロピアノのために書いた曲でしたが、ピアノだけのサウンドだと少し物足りず、チェロを加えた編成が合うと思いデュオで録音しました。まるで人の声のようなデュプイ氏のチェロが人間的で味わい深くて、感情に訴えかけてくるものがあります。

4.Draw
このアルバムで唯一、電子音を入れたトラック。まずはピアノと伊藤氏のバイオリンとデュプイ氏のチェロで録音。その後、電子音楽家Zeze Wakamatsu氏によるシンセサイザーやフィールドレコーディングのサンプルを使った音を重ねてもらいました。ピアノのモチーフはDisc1のバージョンのままですが、そこに生々しい弦楽器と不穏な電子音が加わることによって、より荒さやおどろおどろしさ、気持ち悪さが増したとトラックになったと思っています。

5.Closing Waltz
このバージョンではピアノのメロディーを追いかけるように市野氏のギターが加わり、デュプイ氏の妖艶なチェロの音が彩りを添えてくれました。前半のメロディー部ではピアノは弱音ペダルを使用しており、後半のメロディー部ではそれを外したり、チェロも前半と後半でアプローチを変えたりして、前半は夢の中、後半は現実の世界のように対比をつけました。

6.Genesis
このバージョンは、ピアノとギターのメロディーの周りを弦楽四重奏がまとわりつくようなイメージでアレンジしました。アルバムの中ではじめて弦楽四重奏が鳴る曲で、厳かでなおかつ音が広がるようなトラックになったと感じています。この曲は創生と輪廻(ぐるぐると繰り返しされること)がテーマとなっていて、同じフォームを3回繰り返す曲構成になっていますが、弦楽器は3回とも違う動きをするアレンジになっています。

7.Kuchinashi (梔子)
2011年に作曲した、アルバムの中で最も古い曲。様々な編成で試行錯誤してきましたが、最終的に弦楽四重奏を入れた編成になりました。オーケストラ的な壮大なアレンジを目指しました。この曲には重量感や重心の低さが欲しくて、ベースが最も重要な役割を持つと感じていました。スペースを活かしながらも徐々に熱を帯びてグルーヴィーに動き出す甲斐氏のベースが、初夏に白い花を咲かせ、夜になると香りが強くなると言われる梔子の花を見事に演出してくれました。

8.First Cry
このバージョンでは、福盛氏の提案により新たなエンディングのセクションを付け加えました。弦楽四重奏のピチカートによるイントロや、新たなエンディングの市野氏のギターの歌い回しなどによって、自分の中ではポップでキャッチーなトラックになったと思っています。途中からうっすら入ってくる福盛氏のスネアロールが個人的なお気に入りです。

9.Balloon
もともとは福盛氏とのデュオのために作曲した小曲。ひたすら繰り返すリフがふわふわと浮遊する気球のようで、この曲名をつけました。前半は甲斐氏のベースによる即興、中盤から福盛氏のドラムが加わり、後半にピアノのメロディーとも言えないようなラインが出てきて終わります。ジム・ジャームッシュのロードムービーのワンシーンで流れるような音楽をイメージしました。(映画「ダウン・バイ・ロー」のエンディングで一本道をトム・ウェイツとジョン・ルーリーの二人が連なって歩きやがて分かれ道で分かれる一連のシーンのような。実際はこのシーンにはほぼ音楽は付いていないのですが。)

10.In the Dark
このバージョンは、ほぼ市野氏のギターのみで成立しています。Disc1のバージョンのコード進行だけを生かして、しばらくギターの即興が続き、途中からうっすらとピアノのA(ラ)の音が断片的に出てきます。最終的にギターでメロディーが奏でられ、やがてピアノも一緒にメロディーをなぞり、ハーモニーが解決しないまま曲が終わります。暗闇の中に一筋の光を探し求めるように。

11.Hua
「月」にインスピレーションを得て曲を書くことが多く、この曲はハワイ語で月の13晩目を表す「Hua」という柔らかい言葉の響きが気に入ってこのような曲名になりました。満月よりほんのわずか欠けた月の美しさ=不完全な物の美しさに昔から魅力を感じています。キャッチーなフォークソングのようでもあり、また後半の熱を帯びていくシーンなどはアルバムの中で最もジャズらしい部分になったかもしれません。この曲はレコーディングしたいくつかのテイクが収録候補に挙がり、最終的に一番熱を帯びたこのテイクが採用されました。

12.May Song
このバージョンはチェロとピアノのデュオで録音しました。エンディングのメロディー再現部(Disc1のバージョンには入っている)を敢えて排除し、音楽が羽ばたいたまま広がり、宙に溶けてゆくようなアルバムの最後を目指しました。聴いてくれた方がアルバムの余韻に浸ってくれたら嬉しいです。

「Draw」
トレイラーはこちら→ https://www.youtube.com/watch?v=LBeN8B04tGM

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【佐藤浩一 Embryo TOUR 2022~memories of water -いつか聞こえた音の記憶-】
・11/20(日) 大阪 日本キリスト教団 島之内教会 (https://www.shimanouchi-church.org)
16:30開場 / 17:00開演
TICKET:4,000円(予約・当日)
音響:listude
ご予約:https://www.nagalu.jp/event-details/embryo2022osaka
ご予約・お問い合わせ:ムジカ アルコ・イリス(安田)
my2933@i.softbank.jp/080-3853-9363

・11/22(火) 東京 日仏文化協会 汐留ホール (https://www.shiodomehall.com)
18:30開場 / 19:00開演
TICKET:4,000円(予約・当日)
ご予約:https://www.nagalu.jp/event-details/embryo2022tokyo
お問い合わせ:reservation@nagalu.jp

メンバー:
佐藤浩一(piano)
市野元彦(guitar)
ロビン・デュプイ(cello)
福盛進也(drums)

主催:nagalu
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